終わりの季節
10月25日18:20。姉からメールが来た

母親は10数年前私が実家を離れ県外の大学生活を送っていた時に脳出血を起こし、一命は取りとめたがそれからずっと左半身麻痺の車椅子生活を送っている。大学を卒業し、また実家から離れた県外の企業に就職してすぐ退職、漫画家になりたいと思い上京し10年、未だ働いてるコンビニのストレスをぶつけた漫画を自分のブログにアップする連載しかしてない現在までの間に、母親はさらに2回脳出血を起こしている。
1度目の脳出血の時医者から「覚悟しておいてください」とドラマでしか聞いたことないセリフを言われた。これまで母親が風邪で寝込んでる姿さえ見た記憶がないのに、いきなりICUでピトーを倒したあとみたいになってるのを見て、このセリフを言われたので、心がやられないように先手必勝で母親との別れを自分の中で済ませた。なので、その後奇跡的に左半身麻痺だが元気に回復したあともどこかずっとオバQと一緒にいる気分になり、のちに2回脳出血が起きたと連絡があった時も、オバQが正ちゃんの家に住めなくなるぐらいのドキドキで「堪忍やで~(涙)」と西に向かって拝んでいた。調べたらオバQは卵から産まれてるので幽霊ではなく、ジバニャンの方が近いかもしれないが、元々何の趣味もなく社交的でなかった母親が病気になってから突然なぞなぞでリハビリ施設の人気者になってたので(施設の新聞に母親のなぞなぞのコーナーができてた)、オバQがやることだと思う。ジバニャン知らないし。

親が死んだ時何もしてやれなかったなと後悔することがあるらしい。親が死んだ時に、親孝行って何って考える。でもそれを考えようとすることがもう親孝行なのかもしれない。とは思えないわけで、やっぱり生きてるうちにマンションを買い、旅行にも連れていき、赤坂プリンスを押さえてるのである。この肺炎からの死しか待ってないようなメールを読み、もし母親が死んだらと想像した時悲しいではなくやばいと思ってしまった。母親にした親孝行で“肩揉み”が浮かんだ。1番に肩揉みはやばい。もう40代も見えてるのに。私は肩を揉む才能があった。じいさんが按摩さんだったのだが、その才能を唯一受け継いだ孫が私だった。子供の頃いろんな大人の肩を揉んだ。自分の家で、正月の親戚の家で、職員室で、部活で。最悪だったが揉んだ人が本当に気持ちよさそうな顔をするので少なからず喜びがあった。母親も肩こりがひどかったのでよくリクエストされて揉んでいた。母親はそれでも嬉しいというかもしれないが、子供の頃の肩揉みと、毎月常に貯金が無くなり、友達が「もうあそこでいい?」となんとなく指差して入ったロイヤルホストでほぼ1000円以下の食べ物がないことに気づき「(お前に)騙された」と大声を出して500円奢ってもらう30代の乞食の肩揉みでは、子供も乞食も肩揉みとの相性は良いかもしれないが印象は違う。今も揉むしかない現状が情けなかった。


肩揉み以外で思い出すことがあった。私は子供の頃異常に懸賞が当選する時期があった。それも1名や3名とかの上位商品が怖いぐらい当選していた。思い出しただけでも、エンペラーのラジコン、ホバークラフトのラジコン、魍魎戦記摩陀羅のカセット、少し大人になってからだがセガサターンの本体などが当たった。だんだんその商品が欲しいより当選する喜びの方に気持ちが流れていった私は、少年ジャンプなどの競争率が激しい懸賞より、地元のケーブルTVやタウン情報誌の懸賞に応募するようになり、全然欲しくない釣り竿やホッカイロのセットなどを当て、いつの間にか舟木一夫のコンサートのチケットを手に入れていた。私が子供の頃から学生服着たおじいさんだった舟木一夫に興味があるわけなく、どうしようかと思ったが、年代的にもしかしたらと一応母親に尋ねてみるとまさかの「行きたい」だった。母親は無趣味で本を読んでるとこも音楽を聴いてるとこもテレビで何か反応してるとこも見たことがなく、買い物以外で出かけるのは葬式と結婚式ぐらいしかなかったので、ましてや舟木一夫という同年代のアイドルに興味があるとは思ってなくて驚いた。妹の叔母と一緒にコンサートへ行って帰ってきた母親の体は完全に火照っていた。舟木一夫とS-Cute撮ってきたみたいな顔だった。そういえば母親が何を好きなのか食べ物ぐらいしか知らない。ただ流してるだけだと思っていたNHK歌謡コンサートも家事をしながら見ていたのだ。これが今のところ1番の親孝行かもしれないと思ったが、俺は乞食から逃れられないのかとも思った。

ノーマークだった。
こんなウケ方あるかよ。何の心配もせずにただただ笑ってしまった。
コインランドリーのフェンスってなんだよ。コインランドリーのフェンスを車で突き破ったらダメだろ。
頭にブラジャー乗せて気絶してるとこ浮かんだだろ。
どうやら自宅で洗った洗濯物を車に積んでコインランドリーの乾燥機で乾かそうと向かったら、コインランドリーのフェンスを突き破ってたらしい。何でかはわからないようだ。前のメールを見る限り、単純に疲れていたのだろう。
父親にケガは無いし、誰も巻き込まなかったのが不幸中の幸いだった。実家には軽自動車が2台あって、ひとつは父親の車、もうひとつは働かずにずっと二階で引きこもってる兄貴の車(おじいさんが買ってくれた車だが)があり、ちょうど父親の方の車の調子が悪く修理に出してたので、兄貴の車を借りてコインランドリーに向かいフェンスを突き破り、車が大破したので、ずっと兄貴が発狂してるらしい。兄弟で唯一まともな収入がある姉にはただただ申し訳ないとしか言えないが、私は肩を揉むしかない..。

母親は10数年前私が実家を離れ県外の大学生活を送っていた時に脳出血を起こし、一命は取りとめたがそれからずっと左半身麻痺の車椅子生活を送っている。大学を卒業し、また実家から離れた県外の企業に就職してすぐ退職、漫画家になりたいと思い上京し10年、未だ働いてるコンビニのストレスをぶつけた漫画を自分のブログにアップする連載しかしてない現在までの間に、母親はさらに2回脳出血を起こしている。
1度目の脳出血の時医者から「覚悟しておいてください」とドラマでしか聞いたことないセリフを言われた。これまで母親が風邪で寝込んでる姿さえ見た記憶がないのに、いきなりICUでピトーを倒したあとみたいになってるのを見て、このセリフを言われたので、心がやられないように先手必勝で母親との別れを自分の中で済ませた。なので、その後奇跡的に左半身麻痺だが元気に回復したあともどこかずっとオバQと一緒にいる気分になり、のちに2回脳出血が起きたと連絡があった時も、オバQが正ちゃんの家に住めなくなるぐらいのドキドキで「堪忍やで~(涙)」と西に向かって拝んでいた。調べたらオバQは卵から産まれてるので幽霊ではなく、ジバニャンの方が近いかもしれないが、元々何の趣味もなく社交的でなかった母親が病気になってから突然なぞなぞでリハビリ施設の人気者になってたので(施設の新聞に母親のなぞなぞのコーナーができてた)、オバQがやることだと思う。ジバニャン知らないし。

親が死んだ時何もしてやれなかったなと後悔することがあるらしい。親が死んだ時に、親孝行って何って考える。でもそれを考えようとすることがもう親孝行なのかもしれない。とは思えないわけで、やっぱり生きてるうちにマンションを買い、旅行にも連れていき、赤坂プリンスを押さえてるのである。この肺炎からの死しか待ってないようなメールを読み、もし母親が死んだらと想像した時悲しいではなくやばいと思ってしまった。母親にした親孝行で“肩揉み”が浮かんだ。1番に肩揉みはやばい。もう40代も見えてるのに。私は肩を揉む才能があった。じいさんが按摩さんだったのだが、その才能を唯一受け継いだ孫が私だった。子供の頃いろんな大人の肩を揉んだ。自分の家で、正月の親戚の家で、職員室で、部活で。最悪だったが揉んだ人が本当に気持ちよさそうな顔をするので少なからず喜びがあった。母親も肩こりがひどかったのでよくリクエストされて揉んでいた。母親はそれでも嬉しいというかもしれないが、子供の頃の肩揉みと、毎月常に貯金が無くなり、友達が「もうあそこでいい?」となんとなく指差して入ったロイヤルホストでほぼ1000円以下の食べ物がないことに気づき「(お前に)騙された」と大声を出して500円奢ってもらう30代の乞食の肩揉みでは、子供も乞食も肩揉みとの相性は良いかもしれないが印象は違う。今も揉むしかない現状が情けなかった。


肩揉み以外で思い出すことがあった。私は子供の頃異常に懸賞が当選する時期があった。それも1名や3名とかの上位商品が怖いぐらい当選していた。思い出しただけでも、エンペラーのラジコン、ホバークラフトのラジコン、魍魎戦記摩陀羅のカセット、少し大人になってからだがセガサターンの本体などが当たった。だんだんその商品が欲しいより当選する喜びの方に気持ちが流れていった私は、少年ジャンプなどの競争率が激しい懸賞より、地元のケーブルTVやタウン情報誌の懸賞に応募するようになり、全然欲しくない釣り竿やホッカイロのセットなどを当て、いつの間にか舟木一夫のコンサートのチケットを手に入れていた。私が子供の頃から学生服着たおじいさんだった舟木一夫に興味があるわけなく、どうしようかと思ったが、年代的にもしかしたらと一応母親に尋ねてみるとまさかの「行きたい」だった。母親は無趣味で本を読んでるとこも音楽を聴いてるとこもテレビで何か反応してるとこも見たことがなく、買い物以外で出かけるのは葬式と結婚式ぐらいしかなかったので、ましてや舟木一夫という同年代のアイドルに興味があるとは思ってなくて驚いた。妹の叔母と一緒にコンサートへ行って帰ってきた母親の体は完全に火照っていた。舟木一夫とS-Cute撮ってきたみたいな顔だった。そういえば母親が何を好きなのか食べ物ぐらいしか知らない。ただ流してるだけだと思っていたNHK歌謡コンサートも家事をしながら見ていたのだ。これが今のところ1番の親孝行かもしれないと思ったが、俺は乞食から逃れられないのかとも思った。

ノーマークだった。
こんなウケ方あるかよ。何の心配もせずにただただ笑ってしまった。
コインランドリーのフェンスってなんだよ。コインランドリーのフェンスを車で突き破ったらダメだろ。
頭にブラジャー乗せて気絶してるとこ浮かんだだろ。
どうやら自宅で洗った洗濯物を車に積んでコインランドリーの乾燥機で乾かそうと向かったら、コインランドリーのフェンスを突き破ってたらしい。何でかはわからないようだ。前のメールを見る限り、単純に疲れていたのだろう。
父親にケガは無いし、誰も巻き込まなかったのが不幸中の幸いだった。実家には軽自動車が2台あって、ひとつは父親の車、もうひとつは働かずにずっと二階で引きこもってる兄貴の車(おじいさんが買ってくれた車だが)があり、ちょうど父親の方の車の調子が悪く修理に出してたので、兄貴の車を借りてコインランドリーに向かいフェンスを突き破り、車が大破したので、ずっと兄貴が発狂してるらしい。兄弟で唯一まともな収入がある姉にはただただ申し訳ないとしか言えないが、私は肩を揉むしかない..。

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Re: タイトルなし
ありがとうございます。長生きします。
No title
実家に帰った時、寝ている姿が数字の1だとか7だとか言っていた人はお婆さんにあたる人なのかとずっと思っていました。そしてネットで美川憲一の888万でアパートが建つ!というCMの画像を探して次はこんな感じで8をお願いします。とコメントしようとしたら画像がネットに無くてCMもアパートから家に代わっていて画像をアップ出来なかった事をお許しください。
やっぱタカ才能あるわマジ
Re: No title
> xvideoさん
あれは母親じゃなくてばあさんで合ってます。
あれは母親じゃなくてばあさんで合ってます。
Re: タイトルなし
> 錦織圭さん
やった。
やった。