エネルギーコントロール
半年前から、寝るとよく足をつるようになった。
まあ睡眠不足だし、運動不足だし、茶色の物ばかり食べてるし、冬だし、春になり暖かくなれば治るだろ、桜も咲くし、とはじめのうちは無視していたのだが、だんだん毎日必ずつるようになり、つりの強さもエスカレートして〝つり〟の方から両肩を持たれて目を合わされ、無視できなくなった。
ふくらはぎとスネ。特にスネをつると鎮まるまで叫び続けないと耐えられない痛さ。深夜2時、外で猫も交尾で叫んでいる。どうせなら交尾で叫びたい。ただでさえ少ない睡眠時間がさらに減り、とても辛い。これと関係あるのかわからないが、なぜか寝小便もするようになった(友達に相談したら、しこりすぎでは?と言われ二度と相談しないと決めた)。
ストレッチ、ウォーキング、漢方、敷布団にも毛布を敷く、などをしてもあまり改善されず、念のため血液検査だけでもしてみるかと近所の病院で採血をしてもらった。志村けんのコントのおじいさんぐらいおじいさんすぎる医者から、結果は一週間後に出るので、また来てくださいと言われ、刺された腕が内出血で紫色に変わるのを眺めつつ、嫌なことがさらに増えたけど大丈夫か?と不安になった。
3、4日後に昼飯で王将のチャーハンセットを食べたあと携帯に着信があった。番号はこの前採血してもらった病院。検査結果は一週間後って言ってたけどなんなんだ?とかけ直すと、〝血液検査の結果が出ました。糖尿病です。今すぐ入院しなさい。〟とおじいさんすぎるおじいさんの医者から切羽詰まった感じで言われた。
もう結果出てるんだといういらない驚きもありつつ、いったん病院に向かい、詳しい検査結果を聞いた。

検査結果の紙を見せてもらうと、中性脂肪が1030(標準30~149)、血糖値が627(標準70~109)、HbA1cが14.2(標準4.6~6.2)と書いてあり、自分でも今すぐ入院しなさいと思った。30が1000て。地球人とサイヤ人じゃん(知らないけど)。あまりにも標準から離れすぎてる数値に、せめて検査結果の紙をキラカードにしてくれと思った。足をつっていたのは血が糖でドロドロになっていたためで、寝小便をしてたのは、体が糖を出したくて泣いていたのかもしれない。おじいさんすぎるおじいさんの医者から〝HbA1cが12だった患者は見たことあるが、14ははじめてだよ〟と笑いながら言われ、もうすぐ引退であろうおじいさんの医者のスカウターを破壊できたことは誇らしいかもしれないが、まだ死にたくないので、紹介状をもらい、大きな病院で診察してもらうことになった。
大病院の診察日まで3日、4日あったので、その間に無駄な抵抗かもしれないが炭水化物、糖分を一切とらずにコンビニのただ袋に入っただけの生野菜を食べまくった。ネットの友人たちに「糖尿病になったみたい」と数値を見せながら報告すると、みんな似たような生活をしてる人たちだったこともあって、全員あからさまにブルーになっていた。トイレに行くたび糖尿病を思い出すようになった友人もいて、悪いことしたかなと思ったが、みんな一度ここで普段の生活を見直すきっかけになればいいなと思った。
ネットで糖尿病の情報を検索しても、自分の数値よりだいぶ下の数値で、やばいやばいと煽ったアクセス数稼ぎの記事があったり、松村邦洋がダイエットをしていた。自分と同じ数値の人が検索でも見つからず、もっと良いことでこうなりたかったと思いながら、家から歩いて30分の大病院に向かってる途中で右手がしびれてきて、これはいよいよまずいなと思った。さすがに漫画を描けなくなるのは勘弁してよと坂の上にある大病院に着くと、まず生まれて初めて点滴をしてもらい、すぐ右手のしびれが回復した。よくコントで見る点滴袋が付いたガラガラで部屋も階も移動しまくり、いろんな検査を受けヘトヘトになったあと、お医者さんに、今すぐ入院した方がいいです。今決めるとすぐ入れますよ。とやっぱり言われたので、漫画の締め切りもあるし、お金かかるし、俺イビキうるさいしと悩んだが、死んだら終わりだしなと一週間だけ入院することにした。
糖尿病の入院。自分の場合は特に手術をするわけではないので、毎日いろんな検査、特に合併症がないかを調べたり、糖尿病にあった食事とこれから生活していく上での知識勉強会や、飲み薬とインスリンを打ちながら経過を見ていくという感じで、〝今から24時間この壺に小便を貯め続けてください〟と、共同トイレの一角に自分の名前が貼られた茶色の壺をボトルキープのように置かれ、小便を入れ続けてる時はもしかしたらタヌキの病院に騙されてるのか?と不安になったが(なんか尿をどれぐらい貯めれるかの検査らしい。最後の方壺がパンパンになって尿があふれそうになった。)、だいぶ自由時間が多くて、自発的にスクワットをしたり、漫画のネームを描いたり、読む暇がなかった本を読んだりして過ごした。ウォーキングをしたかったが、決まりで病院の外に出れないので、どこか室内で歩いていいところってありますかね?と看護士さんに尋ねたら、病院内の廊下や階段を歩き回っていいですよと言われ、絶対邪魔だろと自分から止めておいた。コードブルーの呼びかけで廊下を走るお医者さんに足をかけて転がし、ナースのお仕事のBGMが流れてる場合ではない。実際入院してる一週間で2回コードブルーの放送を聞いた。みなさん、いつもお疲れ様です。消灯になり、目をつぶって寝ようとするが、廊下では24時間忙しそうな看護士さんたちの足音、風が強い日で不安になるぐらい窓が叩かれている音。風が弱くなると、遠くの方から女性の声で痛い痛いと泣いてる声が聞こえてきた。全員知らない人たちだけど、みなさん幸せになってください。という気持ちになる。
入院中1番恐ろしかったのは、突然老眼になったことだ。急に携帯の文字が見えなくなり、遠くの景色がめちゃくちゃはっきり見えるようになった。老眼というか遠視なのか?大麻を吸うと、一瞬木の葉っぱまでめちゃくちゃはっきり見えるようになると昔何かで聞いたことがあったので、エネルギーコントロール食5の味噌汁の湯気に疑いをもちつつ、糖尿病と診断される直前に眼鏡を新しく買い替えていたことを思い出し、いきなり度数が合わなくなって悲しくなった。元々そんなに目がよかったわけではないが、携帯の文字が見えないほどではなかったのでお医者さんに聞いてみたら、急に血糖値が下がると目の水晶体が膨らむことがあるらしくて、それで老眼になってるかもしれないと言われた。ほっといたら2ヵ月ぐらいで水晶体が縮んで戻る人もいれば、膨らんだままで戻らない人もいるらしい。それよりも、糖尿病は目が出血してることがあるので退院したらすぐ眼科に行きなさい(なぜかこの病院では調べられないらしい)と言われ、水晶体が膨らんでることより嫌な出血の可能性を言われることでまだ老眼はマシだと思うことに成功した。
入院中1番楽しみだったのは食事で、これからはこれぐらいの食事量にしてくださいという目安にする意味もあるらしく、ご飯も1食150グラム(お茶碗軽く一杯)、パン80グラム(8枚切り食パン2枚)ぐらいは食べていいらしい。病院食は味は薄めで量も少ないが、全然満足した。でも、基本的に炭水化物と甘い物を食べるのはあまりよくないみたいなので、人生最後のチャーハンが王将のチャーハンになるかもしれない。別にうまかったけど、チェーン店なら福しんのチャーハンの方が好きなんだよなと悲しくなった。好きな食べ物がカレーとチャーハンなので、炭水化物がダメって生活はなかなか辛いが、今までの生活のツケがきたのでしょうがない。病院食が乗せられたお盆には、自分の名前と〝エネルギーコントロール食5〟と書かれた紙も乗っていた。これからは食事と思わず、エネルギーコントロールと思うことにする。仕事をし、好きな本を読み、エネルギーコントロールを食べる。なんか綾波レイみたいでいいかもしれない。
お見舞いはコロナの関係で一週間で2人しか来てはダメらしくて、一人は友人、もう一人は担当編集の人が来てくれた。友人が部屋に入ろうとしたら、看護士さんに面会票の関係性のところを見られて、「あっ、友人」ってなったあと「週に2人までしか面会できなくて、ご家族もまだ来られてないのでご友人はちょっと‥少々おまちいただけますか」となったが「誰も面会に来ないと思います」と伝え「分かりました」と入れてくれたらしい。別にいいが少し嫌なやりとりをわざわざ教えてくれた。友人は、ジャングルの王者ターちゃん全巻とゆでたまごみたいなテンガ2個を差し入れてくれて、徳弘正也の差し入れみたいだった。テンガを病院で使うのは緊張感がありすぎて楽しめないし、女性の看護士さんがちんちんの先にゆでたまごを差してる患者と鉢合わせたら迷惑だろうと思って、家に持って帰ることにした。担当さんは小説など数冊本を差し入れてくれて、入院中に描いた連載漫画のネームを見せると合格になったので、入院中のロスがあまり起きなくてホッとした。
一週間が経ち、退院の日。検査結果は、合併症はなく、臓器、血管等もとくに問題はなく、飲み薬だけでインスリンも打たなくていいらしい。あんなとんでもない数値でとくに被害がなかったのが意外だった。毎年健康診断もしてないのに、一応血液検査をしてみるかと病院に行ったあの時の自分がだいぶファインプレーだったのかもしれない。その後、百均で買った老眼鏡を描けながら、漫画を描くのは大変だったが、眼は出血も無く、1ヵ月ぐらい経つと水晶体が縮み、眼の見え方は以前のように戻った。
2ヵ月後の現在は、極力運動をし、エネルギーコントロール食を食べ、たまに外食で焼き魚定食を食べたり、肉も食べたりしてるうちに、数値も全部標準内に収まっていた。飲み薬も1粒減ったり。今のところ真面目に後半戦を生きてる成果が出ている。これからどうなるかわからないが、できるだけ続けて行こうと思う。twitterで自分のツイートを振り返ってみると、糖尿病とわかる数日前、喫茶店で嬉しそうにチョコレートパフェとミックスジュースの画像をあげていた。
まあ睡眠不足だし、運動不足だし、茶色の物ばかり食べてるし、冬だし、春になり暖かくなれば治るだろ、桜も咲くし、とはじめのうちは無視していたのだが、だんだん毎日必ずつるようになり、つりの強さもエスカレートして〝つり〟の方から両肩を持たれて目を合わされ、無視できなくなった。
ふくらはぎとスネ。特にスネをつると鎮まるまで叫び続けないと耐えられない痛さ。深夜2時、外で猫も交尾で叫んでいる。どうせなら交尾で叫びたい。ただでさえ少ない睡眠時間がさらに減り、とても辛い。これと関係あるのかわからないが、なぜか寝小便もするようになった(友達に相談したら、しこりすぎでは?と言われ二度と相談しないと決めた)。
ストレッチ、ウォーキング、漢方、敷布団にも毛布を敷く、などをしてもあまり改善されず、念のため血液検査だけでもしてみるかと近所の病院で採血をしてもらった。志村けんのコントのおじいさんぐらいおじいさんすぎる医者から、結果は一週間後に出るので、また来てくださいと言われ、刺された腕が内出血で紫色に変わるのを眺めつつ、嫌なことがさらに増えたけど大丈夫か?と不安になった。
3、4日後に昼飯で王将のチャーハンセットを食べたあと携帯に着信があった。番号はこの前採血してもらった病院。検査結果は一週間後って言ってたけどなんなんだ?とかけ直すと、〝血液検査の結果が出ました。糖尿病です。今すぐ入院しなさい。〟とおじいさんすぎるおじいさんの医者から切羽詰まった感じで言われた。
もう結果出てるんだといういらない驚きもありつつ、いったん病院に向かい、詳しい検査結果を聞いた。

検査結果の紙を見せてもらうと、中性脂肪が1030(標準30~149)、血糖値が627(標準70~109)、HbA1cが14.2(標準4.6~6.2)と書いてあり、自分でも今すぐ入院しなさいと思った。30が1000て。地球人とサイヤ人じゃん(知らないけど)。あまりにも標準から離れすぎてる数値に、せめて検査結果の紙をキラカードにしてくれと思った。足をつっていたのは血が糖でドロドロになっていたためで、寝小便をしてたのは、体が糖を出したくて泣いていたのかもしれない。おじいさんすぎるおじいさんの医者から〝HbA1cが12だった患者は見たことあるが、14ははじめてだよ〟と笑いながら言われ、もうすぐ引退であろうおじいさんの医者のスカウターを破壊できたことは誇らしいかもしれないが、まだ死にたくないので、紹介状をもらい、大きな病院で診察してもらうことになった。
大病院の診察日まで3日、4日あったので、その間に無駄な抵抗かもしれないが炭水化物、糖分を一切とらずにコンビニのただ袋に入っただけの生野菜を食べまくった。ネットの友人たちに「糖尿病になったみたい」と数値を見せながら報告すると、みんな似たような生活をしてる人たちだったこともあって、全員あからさまにブルーになっていた。トイレに行くたび糖尿病を思い出すようになった友人もいて、悪いことしたかなと思ったが、みんな一度ここで普段の生活を見直すきっかけになればいいなと思った。
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糖尿病の入院。自分の場合は特に手術をするわけではないので、毎日いろんな検査、特に合併症がないかを調べたり、糖尿病にあった食事とこれから生活していく上での知識勉強会や、飲み薬とインスリンを打ちながら経過を見ていくという感じで、〝今から24時間この壺に小便を貯め続けてください〟と、共同トイレの一角に自分の名前が貼られた茶色の壺をボトルキープのように置かれ、小便を入れ続けてる時はもしかしたらタヌキの病院に騙されてるのか?と不安になったが(なんか尿をどれぐらい貯めれるかの検査らしい。最後の方壺がパンパンになって尿があふれそうになった。)、だいぶ自由時間が多くて、自発的にスクワットをしたり、漫画のネームを描いたり、読む暇がなかった本を読んだりして過ごした。ウォーキングをしたかったが、決まりで病院の外に出れないので、どこか室内で歩いていいところってありますかね?と看護士さんに尋ねたら、病院内の廊下や階段を歩き回っていいですよと言われ、絶対邪魔だろと自分から止めておいた。コードブルーの呼びかけで廊下を走るお医者さんに足をかけて転がし、ナースのお仕事のBGMが流れてる場合ではない。実際入院してる一週間で2回コードブルーの放送を聞いた。みなさん、いつもお疲れ様です。消灯になり、目をつぶって寝ようとするが、廊下では24時間忙しそうな看護士さんたちの足音、風が強い日で不安になるぐらい窓が叩かれている音。風が弱くなると、遠くの方から女性の声で痛い痛いと泣いてる声が聞こえてきた。全員知らない人たちだけど、みなさん幸せになってください。という気持ちになる。
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入院中1番楽しみだったのは食事で、これからはこれぐらいの食事量にしてくださいという目安にする意味もあるらしく、ご飯も1食150グラム(お茶碗軽く一杯)、パン80グラム(8枚切り食パン2枚)ぐらいは食べていいらしい。病院食は味は薄めで量も少ないが、全然満足した。でも、基本的に炭水化物と甘い物を食べるのはあまりよくないみたいなので、人生最後のチャーハンが王将のチャーハンになるかもしれない。別にうまかったけど、チェーン店なら福しんのチャーハンの方が好きなんだよなと悲しくなった。好きな食べ物がカレーとチャーハンなので、炭水化物がダメって生活はなかなか辛いが、今までの生活のツケがきたのでしょうがない。病院食が乗せられたお盆には、自分の名前と〝エネルギーコントロール食5〟と書かれた紙も乗っていた。これからは食事と思わず、エネルギーコントロールと思うことにする。仕事をし、好きな本を読み、エネルギーコントロールを食べる。なんか綾波レイみたいでいいかもしれない。
お見舞いはコロナの関係で一週間で2人しか来てはダメらしくて、一人は友人、もう一人は担当編集の人が来てくれた。友人が部屋に入ろうとしたら、看護士さんに面会票の関係性のところを見られて、「あっ、友人」ってなったあと「週に2人までしか面会できなくて、ご家族もまだ来られてないのでご友人はちょっと‥少々おまちいただけますか」となったが「誰も面会に来ないと思います」と伝え「分かりました」と入れてくれたらしい。別にいいが少し嫌なやりとりをわざわざ教えてくれた。友人は、ジャングルの王者ターちゃん全巻とゆでたまごみたいなテンガ2個を差し入れてくれて、徳弘正也の差し入れみたいだった。テンガを病院で使うのは緊張感がありすぎて楽しめないし、女性の看護士さんがちんちんの先にゆでたまごを差してる患者と鉢合わせたら迷惑だろうと思って、家に持って帰ることにした。担当さんは小説など数冊本を差し入れてくれて、入院中に描いた連載漫画のネームを見せると合格になったので、入院中のロスがあまり起きなくてホッとした。
一週間が経ち、退院の日。検査結果は、合併症はなく、臓器、血管等もとくに問題はなく、飲み薬だけでインスリンも打たなくていいらしい。あんなとんでもない数値でとくに被害がなかったのが意外だった。毎年健康診断もしてないのに、一応血液検査をしてみるかと病院に行ったあの時の自分がだいぶファインプレーだったのかもしれない。その後、百均で買った老眼鏡を描けながら、漫画を描くのは大変だったが、眼は出血も無く、1ヵ月ぐらい経つと水晶体が縮み、眼の見え方は以前のように戻った。
2ヵ月後の現在は、極力運動をし、エネルギーコントロール食を食べ、たまに外食で焼き魚定食を食べたり、肉も食べたりしてるうちに、数値も全部標準内に収まっていた。飲み薬も1粒減ったり。今のところ真面目に後半戦を生きてる成果が出ている。これからどうなるかわからないが、できるだけ続けて行こうと思う。twitterで自分のツイートを振り返ってみると、糖尿病とわかる数日前、喫茶店で嬉しそうにチョコレートパフェとミックスジュースの画像をあげていた。
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大変でしたね・・・笑いごとではないですが笑ってしまいました、、ひさしぶりの更新うれしかったです!
No title
35も過ぎると身体が悲鳴をあげますよね。
5歳の頃は浮腫みに悩んだりしなかったのにな…と遠い目。
お互い節制頑張っていきましょう。
はじめましてですがファンです。お大事に
5歳の頃は浮腫みに悩んだりしなかったのにな…と遠い目。
お互い節制頑張っていきましょう。
はじめましてですがファンです。お大事に